ふとまゆ「不動産伝道士」長尾啓二の「新世界スピチュアル~Hypnonation」

京都・大阪を中心に活動する「野良」不動産ブローカーが、約50年の人生で氣付いた「深層心理」について語って行きます

怒りながら愛することは出来ない

今日は偶然か必然か
私が愛読させていただいてる
3つのブログで
切り口を変えて、同じ発信がありました


藤原理恵さん
【『怒り』は悲しみや寂しさの発酵食品みたいなもの】
http://ameblo.jp/beauty-evangelist/entry-12239591175.html

小森圭太さん
古典物理的努力と量子力学的努力
http://ameblo.jp/inthetic/entry-12239195189.html

カズナリ タケダさん
革命の起こし方
http://k-nali.hatenablog.com/entry/2017/01/18/103642


詳しくは
お読みいただくことが
一番近道です


私がこの3つの記事から
学びとったもの


まず一つは
人の行動とは
「愛」と「不安」の
どちらかでしかない
ということです。


そして不安について
もっと深く考察するならば
それは「怖れ」です


怖れが悪いのではないのです
それに振り回される
そこをループしてしまう
自分の「選択」に問題がある


そして怖れの最もたるものが
承認されない「恐怖」です


自分は無価値である
自分には存在する意味がない


自分にも
他人にも
承認されない恐怖


それが哀しみや
寂しさになり
「動詞」として
「行動」としての
「怒り」を生み出します


「怒り」の根幹は
藤原理恵さんがご指摘のとおり
寂しさ、悲しさです


そして「愛」の根幹が
自分自身を承認すること


その伝授を
カズナリさんが
端的な言葉で示してくれてます


自分を大切にすると
自分がどうでもよくなると


「不安」を行動基準にすると
どうしても自分を認められない


それは他者の評価を
氣にするから
他者の評価を
自己判断基準にするからです


そこに
安定した承認が得られる可能性は
自分自身を自ら承認するよりも
もっと低くなります


そしてその不安が
哀しみや、寂しさなり
「怒り」になる


このお三方は
期せずして
同じ内容を説いているのです


「愛」ある行動をとれと
しかもそれは
自分自身に対してです

Radoan_tanvir

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