ふとまゆ「不動産伝道士」長尾啓二の「新世界スピチュアル~Hypnonation」

京都・大阪を中心に活動する「野良」不動産ブローカーが、約50年の人生で氣付いた「深層心理」について語って行きます

和風「いじめ」の理不尽さ

少し前に「いじめ」について
書いてみました


この国におけるその原因の一つ
それが「和」にあるとも書きました


ではなぜ「和」が原因なのでしょう?


この国における「和」とは
平和の「和」でありません


「和み」を意味する「和」でもありません
元々は「環」を意味するのです


その成り立ちはここでの話ではないので
また別の場面に譲ります


元々「環」の中にある村
その中で紛争を起こさない手段として
「話し合い」を推奨する風習が成立します


日本人の特徴として
「話し合い」をして決めるというのがあります


これ、世界的にみると
かなり異色なんです


「なんしか、話し合え」と


これが談合を生み出します


話し合いの中で決められたルールが
宗教や法律をも超えていく


それはその話し合いの中に参加した人間の
「納得」があるからなんです


日本の政治を
法治国家ではなく
「納得」治国家だという指摘を見たことがありますが
これは確信をついてます


これ、一見民主主義のように見えて
実は民主主義ではありません


以前、ある学校現場で
以下の事例があったそうです


ある児童が宿題を忘れたそうです


その子に罰を与えるのに
教師を主体として
児童全員で話し合い
その「罰」は皆の前で裸になることとなったそうです


その宿題を忘れた児童は
泣く泣く裸になったそうなんです

 

さて、この話のどこか変なところ
分かりますか?


これが分かる人は
法律の本質を理解している人です

 

「裸までするのはやりすぎ!」
「教師が入って、これではおかしい」
などではないんですよ。


この問題の本質は
宿題を忘れた「後」に
「話し合い」で罰が決められたことです


この国以外の諸外国には
通常あらかじめ決められた
「ルール(法律)」があります


この宿題を忘れた児童を罰する場合
まず一番最初に
「宿題を忘れたら『裸』になる」という
ルール(法律)が存在しなければなりません


しかしこの国では
後づけで
皆が話し合い
納得すれば、ルール(法律)は
無用となるのです


この思考が
いじめ、
そして今日の本題ではないですが
日韓、あるいは日中の
果てしなき不毛な論争が続くのです
(外交関係はまた別に書きます)


他の国において
「いじめ」がない訳ではありません
それは「差別」という形で出ます


人種が違う
肌の色が違う
宗教が違う
などなど・・・・・


これらも
本来はない方が良いんですが
最初から
「いじめ」られる
根本的原因が分かります


しかしこの国のいじめは
ある日突然
特定の一人を除いた全員で
決定されてしまうんです


「今日からあいつをハブろう」
という「ノリ」で始まるんです


これは
あらゆる差別の中で
一番理不尽と言わざるを得ない


いじめられている
本人は原因となった理由が
突然、複数他者の
勝手な「合意(話し合い)」で決まるから
たまったものではない。


和風いじめは
話し合いという「和」の文化から
突然起こる
一番理不尽な事象なんです。

 

JeongGuHyeok

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