「マインド・テクノ」~from Hypnonation 長尾啓二

京都・大阪を中心に活動する「野良」不動産ブローカーが、約50年の人生で氣付いた「深層心理」について語って行きます

信念という「力」

昨夜、写真家・竹嶋美和さんの記事を書いていて
長らく忘れてたことを思い出しました


●力の誦句

「私は 力だ、力の結晶だ、
何ものにも打ち克つ力の結晶だ、
だから何ものにも負けないのだ、
病にも 運命にも、
否 あらゆるすべてのものに打ち克つ力だ、
そうだ!!強い 強い 力の結晶だ」

これは私が敬愛する
中村天風
恐らくは一番有名な誦句です


20代後半のころ
今以上の多忙期があり
心身ともにやられかけていたとき
故・藤平光一先生から流れるように
この句にたどり着き、蘇生した経験があります

 


また鬱を患ったときにも
助けられた経験があります


それだけの句なのに
今まで綺麗さっぱり忘れてました


なぜか?


それは「信念」というものに
疑問を感じ出してきたからです


「信念」とは固定概念そのものではないか?


完全なる自由意志は存在しないけれど
出来るだけ「選択肢」を増やしたい
それを妨げるのが「自我」の中の
固定概念であると、このごろは思ってました。

 


中村天風はある書物でこう述べてました
「信念なき人生は、羅針盤のない航海と同じである」


結局これは正しかったんだな
と今更ながら原点回帰です


美和さんの写真から写しだされるものは
被写体そのものが持っている「力」
そこには「原点」があったからです


華は「華」という信念を疑ってはいないし
山は「山」という信念を疑ってはいない
建物は「建物」という信念を疑ってはいない


だから「力」強いのです


そして将来
華は散り、
山は崩れ
建物も失われたとしても
また別の形に蘇生していく


その別の形になった際
その信念のまま生きればよいだけなんです


姿を変えたとき「信念」も変えてよい
しかし
今のこの姿のときは
信念を惜しみなくつらぬく


それが被写体の持つ「力」なのでしょう


今回の竹嶋美和さんの「写真」たちは
それを想いださせてくれました


感謝です


(画像は竹嶋美和さんの作品より『無断拝借ごめんなさい!』
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=1002748683197948&set=pcb.1002748713197945&type=3&theater

 

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