「マインド・テクノ」~from Hypnonation 長尾啓二

京都・大阪を中心に活動する「野良」不動産ブローカーが、約50年の人生で氣付いた「深層心理」について語って行きます

「死を知る」

「美」について考えた時
私は「死」を意識する


これは私の見方だが
現代日本では「死」があまりにも
遠ざけられているのではなかろうか?

そもそも「死」を
予め「意識」できるのは
「人」だけであるという意見がある


参考記事
「受動意識仮説」を使って考えてみた~なぜ人は死を恐れるのか
https://courrier.jp/news/archives/94758/


(一部抜粋)
要するに『意識』は、
本来、エピソード記憶
それに基づく未来予測をするためのメカニズムであって、
いきいきと生きるためのものではない。
いきいきとした感情は単なるオマケだ。

ところが、近い未来を予測するための機能だった『意識』が発達した結果、
人間はより遠い未来──「死」まで予測できるようになってしまった。

これに付随して、皮肉にも、死について考える力を持ってしまい、
ものごとを恐れる情動も身につけた。
だから死ぬのが怖くなっただけではないかと思う。
(抜粋以上)


すこし本題とはずれるが
とても素敵な指摘であったため
長く引用させて頂いた。


「自分はいずれ、いなくなる」

もちろん、この意見には
精神論から物質論まで
様々な見解があり
定説というものはない


また医療科学の進歩で
寿命200歳の世界がそこまで来ている


ただ、少なくとも
精神と肉体を持った「これ」が
今の自分であるならば
ある時必ず
少なくとも「肉体」の活動は終わる時が来る


それはこの自然界で
当たり前のことなのだが
おそらく「人」だけが
それを予知することができる


この「予知」が大きい


私たちは「終わり」を
「物語」の「終わり」を
予知、予感できる存在である


これを知るとき
「死」を知るとき
今、どう「過ごして」いくか
そのあり方が変わる可能性がある


変わる可能性の「根源」とは
案外ここからきているかも知れない

BarbaraALane

 

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